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ジゴロなんか!
Gigolette Philosophy
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− 真実の愛をもとめて −
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エピローグ
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ジゴロ哲学とか言ってみたところで所詮ヒモだろ、という声がモニターの向こ
う側から聞こえてくる。その通り、ヒモはヒモの分をわきまえるべきだろう。
ただ、本編でも書いてきたようにジゴロにはジゴロなりのルールがある。単な
る主婦の男版(いわゆる主夫)で終わらないところにジゴロ哲学がある。
自分のことは自分でするのが当たり前なわけで合理的に役割分担を決めるとし
ても料理や掃除や洗濯などの仕事はどちらがやってもいい。そういう仕事が得
意で好きでやりたいと思っているやつがやればいいことだ。オレの場合はたま
たま台所や食器や冷蔵庫をイジられるのがイヤで掃除や洗濯など家の中の仕事
をすべて仕切って自分の思い通りにしたい、という女ばかりだったのですべて
女のやりたいようにやらせていた。深夜にヘトヘトに疲れて仕事から帰ってき
て洗濯して料理して風呂に入って寝るのは外が明るくなってからである。それ
でその女たちはシアワセだというのだから、生き甲斐を見い出すだけの価値が
その生活にあったのだろう。彼女たちのお陰で多くの時間と金を自分の仕事に
費やすことができた。多くのことを学ぶ時間と仕事に投資する経済的な余裕を
得ることができたのだ。これには心の底から感謝している。
ルールを無視して女から金品を貢がせることももちろん可能ではある。しかし
その方法では憎悪しか生み出さない。お互いに不幸になるだけだ。一般的に持
たれているホストやヒモの悪いイメージはこういったルールを無視した手段が
クローズアップされた結果だろう。みんながシアワセになれる方法を模索して
いくところにオレが求める理想のジゴロ哲学がある。
最も気を配るのが、いずれ必ず訪れる別れの時を最初から予め相手に伝えてお
くということだ。もちろん本当に必ず別れるのかなんて先の話しはオレにもわ
からない。もしかすると死ぬまで一緒にいる可能性が無いわけではない。その
あたりの微妙な気持ちも含めて「いずれはお別れする時がくる」ということを
正直に伝えておかなければならない。さらに「オレはジゴロであり、貢いでく
れる女は他にもいる」ということも伝えておかなければならない。このふたつ
を伝えるのはジゴロとして最低限のマナーであると考えている。このプロセス
を省略したらオレの求める理想的なジゴロ哲学は成立しない。
無気力で何の目的意識もなく日々を過ごしてきた女がオレというフィルターを
通して世の中を見るようになりいずれ自立してオレから卒業していく。そして
「あなたはジゴロなんかじゃない」と女が言う。これがジゴロ哲学の真骨頂で
ある。女にジゴロであることを否定されてこそのジゴロなのである。
相手の心に深い傷を残さないように常に心がけているが、ここに至るまでには
失敗もあった。相手を傷つけてしまうたびに自分の未熟さを痛感した。しかし
同情で一緒にいても傷口を広げるだけで癒すことにはならない。傷つけてしま
った女たちには可能な限りの誠意で対応してきた。お別れしたからといって友
達までやめてしまうことはない。明るく彼氏を紹介されたことは何度もある。
そんな時は心から「元気になってよかった」と感じる。
最後に、改めて彼女たちに心から感謝を込めて「ありがとう」と言いたい。
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