ジゴロなんか!
Gigolette Philosophy

− 真実の愛をもとめて −



ジゴロ雑学

− コラム −



ジゴロ哲学は書いているうちに基礎編→応用編→実践編とジゴロ入門マニュア ル的な感じの構成になってしまったのでその方向で完成を目指すことにしたの だが、それが結果的にはテーマを限定してしまうことになってしまった。そこ で、ジゴロ入門マニュアルの範疇では違和感のあるテーマをジゴロ哲学の番外 編的な感じでジゴロ雑学なコラムとして紹介することにした。



ジゴロウイルス
ジゴレット症候群
ストーカー
ジャグラー
ラヴ&ピース
ココロの値段



ジゴロウイルス
彼氏ではないジゴロとはウイルスのような存在といえる。出会うことで感染し たら、カメの歩みで歴史を積み重ねていく潜伏期間に女の細胞とひとつずつ融 合し分裂していく。キャリア(女)の細胞がどういうメカニズムなのか理解する ために情報を収集し分析する。場合によってはキャリアの細胞内に残る元彼ウ イルスを淘汰しながら増殖する。過去にジゴロウイルスに感染していれば免疫 力も強い。そうやってひとつずつキャリアの細胞を攻略して勢力範囲を拡大し ていく。発病した時、女は感染源であるジゴロにしか治療を施せないオレ中毒 患者になっている。これがジゴロウイルスの仕事なのだ。

しかしジゴロウイルスも無敵では無い。キャリアがホンキになってジゴロウイ ルスの栄養源である金品を与えなければ体内から追い出せる。いくつかの細胞 は犠牲になるかもしれないが、ジゴロウイルスはそんなに強くない。それに少 なくともオレが目指す理想のジゴロ哲学においては悪性のウイルスではない。 むしろキャリアの潜在能力を引き出すという点においてはきわめて良性なウイ ルスといえるかもしれない。


ジゴレット症候群
一般的な世間の感覚としては男がデート代を支払うのは当たり前だがドップリ とジゴロな感覚につかってしまうと落とすつもりのない友達感覚の女であって も食事代その他を相手が支払って当たり前という感覚になってしまう。そのく らいの金は持っているし支払ったところで経済的に困るような額でもない。女 にオゴるという行為が単純に精神衛生上よろしくないというだけなのである。 この深層心理を客観的に分析してみたが、どうも単なるケチという次元ではな い。相手が男ならいくらでも平気でオゴる。タクシーや飲み食い代はおろか誕 生日に数万〜数十万するブランド物を平気でプレゼントする。何か面白いもの を見つけたらみんなの分も買ってプレゼントしてしまう。あくまでも相手が男 の場合に限る。この感覚は単なる見栄っぱりと分析できてしまうが相手が女に なると途端にドけちモードにスイッチされてしまう。単なる女友達であっても だ。

これはホストやヒモなどのいわゆるジゴロに多く見られる傾向である。女たち は実家が金持ちでもない限りは身を削ってジゴロに貢ぐためのタマを工面する 。ある女はソープで数えきれないほど多くの男たちに身を委ねる。ある女は店 の客をその気にさせて引っ張れるだけ搾り取る。気が付いた時には一人前のジ ゴレットに成長した女がそこにいる。女たちは今日どれだけサイテーな男がい たかをジゴロにぶちまける。よほど未熟な女の愚痴でもない限り、ほとんどの エピソードは女たちに同意できる。ジゴロとジゴレットの間では、金品で女を どうにかしようなどという発想の男はゴミクズ同然に蔑まれている。そこには 社会的地位や権力などのステータスが一切通用しない精神世界がある。その共 通観念で女たちとジゴロは結ばれている。女たちの愚痴に付き合うたびにジゴ ロはこう思う「オレはこんなサイテーな男たちとはちがう」と。男としての優 越感がそこにある。だからジゴロは女に金を出せないのだ。女の心が金で買え ないことはジゴロである自分自身が一番よくわかっているからだ。

この現象は、いわばジゴレット症候群といったところか。単なる女友達のつも りでも頭のどこかで「この女はいくら持っているか」を無意識のうちに計算し てしまっている自分がいることに気付く(その相手がジゴロ仲間の客であれば 話しは別だ。その女に金を遣わせるイコールそのジゴロ仲間の金を無断で拝借 することになるからだ)。手を出すのはマズイはずの女(自分の客の友人)であ ってもナチュラルにオゴってもらったりする。もちろん知り合った当初からオ レは金を払わない人、という空気はある。にしても一般的な感覚からは異様な 光景に映るかもしれない。

このジゴレット症候群なるビョーキはどこからきているのか。常に女を客とし て見てしまうという職業病的な要因も大きいだろうが、もっと突っ込んで分析 するなら「ジゴレット(貢ぐ女)フェチ」ということになる。貢いでもらった金 額でしか女の愛情を計ることができなくなっているのである。貢いでくればそ こに女の愛情を感じ取ることができる。貢いでこなければ「この女の愛はホン モノではない」などというトンでもなくヒネくれた発想しかできない。ジゴロ 道を精進しているうちにどこかで価値観が歪んでしまったのだろう(そもそも ジゴロ道などというものを極めようとすること自体が一般的な感覚とはズレた 発想なのだろうが)。ジゴロは貢ぐ女にしか異性としての魅力をも感じられな くなっている。カラダの芯までジゴロが染み付いてしまっているヤツはオレも 含めて間違いなくジゴレットフェチだろう。そして付き合っている女をオレ色 に染める(つまりジゴレットに育て上げる)のである。

[注釈]本来ジゴレットとは女版ジゴロであり貢ぐ女という意味など無い。むし ろまったく逆の表現といえる。しかしジゴロに貢ぐ女たちの多くはジゴレット としての側面も合わせ持っておりその能力も優秀でジゴレットたちが貢がせた 金品の多くがジゴロたちに流れている。というよりもジゴロに貢ぐために自ら ジゴレットにならざるを得ないというのが真実だろう。そこで敢えてジゴロに 貢ぐ女たちをジゴレットと解釈し、女に金を出せない男たちの症状をジゴレッ ト症候群、ジゴレットにしか魅力を感じることのできないジゴロたちをジゴレ ットフェチと定義し命名してみた。


ストーカー
ストーカーなる行為が社会問題としてクローズアップされて久しいが、恋愛を 生業とするジゴロにとってもこれは密接な関わりのある問題だ。女につきまと うのはジゴロが女を落とす行為に他ならないからだ。どこまでが口説きの範疇 でどこからがストーカーなのか、こんなものに線引きなどできない。ストーカ ーという概念がなければジゴロはもっと楽に女を口説き落とせるだろう。この 「ストーカーは犯罪行為だ」などという考え方がメジャーになった影響で、ジ ゴロは常に「この行為はストーカーではないか?」と神経質にチェックしなけ ればならなくなった。これは口説かれる側である女にとっても同じだ。「この 男はもしかするとストーカー?」という疑惑が常に頭の片隅にあるだろう。も ちろんいつもそんなに深刻に考えているわけではない。常にその選択肢が用意 されているというだけのことだ。しかし、これはジゴロにとって非常にやりに くい状況といえる。

ここはひとつ発想を転換しよう。しつこくつきまとう女には「お前それってス トーカーっぽいよ」と軽くジョークをカマしてみる。何気ないひと言だが、実 はこれが脳裏に刻み込まれていつまでも忘れられないショッキングな指摘にな ってしまうのだ。以降その女は「私は今ストーカーじみた行為をしていないか 」と気にするようになる。毎日電話やメールがないとご機嫌ナナメになる寂し がり屋の女にも使える。「ストーカーじゃないんだから毎日電話しなくてもい いじゃん」と言っておけば少しはガマンして待つということを学習する。その くらいストーカーは女からも男からも忌み嫌われている。だから自分や相手の 言動がストーカーちっくな行為ではないかと敏感になり過剰に反応してしまう のだろう。

いずれにせよ、その人物がストーカーか否かは被害者のサジ加減ひとつで決ま る。同じ人物がまったく同じ行為をしても相手によって受け取り方が違うのだ 。相手にストーカーと判断されてしまった時点でその行為をした人物はストー カーなのである。理不尽に感じるかもしれないがこれが現実だ。ジゴロならば 相手がどう感じるか読み取るくらいわけないはずだ。相手にストーカーと判断 されてしまっても決してアツくなってはいけない。「誰がお前ごときにストー カーするかよ自意識過剰なヤツめ」とムカつく気持ちは理解できるが、ジゴロ として自分が未熟だったのだと反省して前向きに気持ちを切り替えよう。


ジャグラー
ストーカーと同様にジャグラーか否かも当事者のサジ加減ひとつで決まるアバ ウトな問題だ。女が「この男はジャグラーだ」と感じればジャグラーになって しまう。ジゴロもストーカーもジャグラーもその人物が何者なのかを評価する のは自分自身ではないからだ。

これはジゴロ哲学の全体を通してその根底にある考えだが、自分の言動によっ て相手がどう感じるのか、常に相手を思いやる気持ちを忘れてはならない。常 に気をつけていてもストーカーやジャグラーとジゴロとは紙一重という側面が あるのだ。相手を思いやる気持ちを忘れた途端にストーカーやジャグラーにな ってしまうかもしれない。そんな危険と背中合わせにあるということを肝に銘 じておこう。油断は禁物である。

というかジャグラーって何?ジャグリングする人?ピエロとかのこと?

まあ似たようなものかもしれない。ジャグラーとカタカナで表現すると生々し くないが詐欺師のことだ。ジゴロと詐欺師のボーダーラインについては賛否両 論あるだろうが少なくともオレが求める理想のジゴロ哲学におけるジゴロ像は 詐欺師などではない。

詐欺師といっても色々あるが「詐欺師」というコトバのイメージはストーカー と同様にイコール犯罪者というサイテーのイメージだ。何しろ詐欺罪などとい う罪名が存在するくらいだから好印象を与えるわけがない。ところが同じ意味 なのにジャグラーと表現した途端に生々しさが消える。人の感性なんてそんな ものなのだ。メディアが結婚詐欺師にジャグラーという肩書きを与えて報道し まくれば途端に「ジャグラー」というコトバの持つイメージも地に落ちるだろ う。

さて、ではジゴロとジャグラーの決定的な違いとは何か?である。簡単な例を 挙げれば「借りた金」を返さなかったり「結婚しよう」と言って結婚しないの は詐欺師だろう。ジゴロは決して「貸して」とも「結婚しよう」とも言わない 。これは単なるコトバのマジックや方便などではない。ただ言わないだけでな く、その気が無いという意思表示もする。つまりこの金を返すつもりは無い、 結婚するつもりも無い、と言ってのけるのがジゴロであり、女にそんな期待を 抱かせないのがジゴロなのである。

これをベンチャーで喩えるとわかりやすいかもしれない。ある男が儲け話を持 ってきた。その男には才能がありそうに見えるが金も実績も無い。その男はス ポンサーにこのアイディアを信じて投資しろと迫る。融資ではない。担保なん て無い。失敗してもその男には返済能力なんか無い。それを承知の上で投資し ろと迫るのだ。

その男が詐欺師なら金と共に消えてしまうだろう。そんな儲け話など最初から 無いのだ。しかしジゴロは本気でその儲け話を信じている。成功させる熱意も ある。あとはスポンサーが男の才能を信じるか否かだ。これでもし失敗しても その男は詐欺師などではない。しかし紙一重といえば紙一重である。ジゴロと ジャグラーとの決定的な違いは「本気で女と夢を共有しているかどうか」であ る。夢を見失った時、それはジゴロがジャグラーになってしまう時かもしれな い。


ラヴ&ピース
基本的に「愛してる」は禁句だがノリや相手によっては言った方がいい場合も ある。それは軽〜くラヴ&ピースなキャラを演じる必要に迫られた時だ。ベト ナム戦争当時の若者たちが反戦を掲げたヒッピーなどラヴ&ピースな思想は時 代と共にメディア(表現媒体)を乗り換えながら今も脈々と受け継がれているが 、このノリで言うところの「愛してる」は「平和を愛してる」だろう。だから 「愛してる」は便利な表現なのである。この平和とは非常にエゴイスティック なものである。自分にとっての平和だからだ。究極につきつめると自殺という 選択肢さえ存在するのである。でも自殺しない。万物の共存など不可能である 。どこかで誰かが淘汰される。なのに自然と人類との共存を掲げて自殺もしな い。どうしたって矛盾の生じてしまう思想なのである。そんな深謀遠慮を欠い た考え方も人類が目指す理想としては最高峰といえる。理想はあくまでも理想 であり、現実とのギャップを埋めていくことにラヴ&ピースの意義がある。

そんな深い部分は別にして、ラヴ&ピースなスタイルはファッション的にクー ルなイメージが先行している。このノリで言う「愛してるよ〜」はファッショ ンなのである。そこに深い意味など込められていない。挨拶代わりなのだ。そ れを言うことによって自分のスタイルをアピールし「おれたち価値観を共有し 合ってる仲間だよな」ということを認識し合っているだけなのだ。そして、仲 間が困ってるんだから助けてよ、というノリでジゴロのペースに持っていく。 あまりにも軽すぎるノリには「まだ何か隠し持っているかもしれない」という 期待と不安を感じさせる効果があるのである。つまり、この「愛してるよ〜」 はジョーカーではないのだ。

このノリで客に勘違いさせないためには常日頃から口癖のように「愛してるよ 〜」と言う必要がある。時には他の客に「愛してるよ〜」と言っている姿を見 せた方がいい場合もあるだろう。これは店に所属しているホストに適したジゴ ロスタイルかもしれない。


ココロの値段
基本的に「女の心は金では買えない」のだがこれはオープン価格なのである。 10億円でも買えなかった女の心をたったの1万円で買えてしまう場合だって あるのだ。15億持ってるヤツにとっての10億はハシタ金とはいわないまで も残りが5億円もあるのだ。ところが1万円しか持ってないヤツにとっての1 万円は全財産であり残りはゼロ円。今夜のメシはどーすんだよ?という最後の 金だ。

もし女の心を金で買わなければならない場面に遭遇してしまった場合には、そ の金額でいかに「命をかけてすべてを捧げる姿」をアピールできるかどうかに 成否がかかってくる。1万円デートのあとで携帯電話を止められメシもロクに 食っていないドン底の姿を見せれば、女は自ら財布を開いてくるだろう。「私 のためにこの男はここまでしてくれた」と感動させられるか「バカじゃんアブ ナイよコイツというかキモい」と引いてしまうかは紙一重。それを見極めて絶 妙のタイミングで運を味方にするのがジゴロだろう。失敗を悟るのがマッハな のもジゴロなんだけどね(笑)。

とりあえず「携帯代を払ってもらう」というのが女に財布を開かせるジゴロ技 の初歩の初歩かもね。